東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)20号 判決 1978年6月14日
原告 マルマンゴルフ株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
原告は「特許庁が昭和五一年一一月二六日同庁昭和五〇年審判第四五二一号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文と同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四七年一一月三〇日、別紙のとおり、「Swing Custom」の文字を上段に、「スイングカスタム」の文字を下段にそれぞれ横書きしてなる商標について、第二四類「おもちや、人形、娯楽用具、運動具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機(電気蓄音機を除く。)、レコード、これらの部品及び附属品」を指定商品として商標登録出願をしたところ、昭和五〇年二月二五日拒絶査定を受けたので、同年五月二二日審判を請求し(特許庁同年審判第四五二一号事件)、同年八月一九日指定商品を第二四類「運動具」に補正したが、昭和五一年一一月二六日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一二月二二日原告に送達された。
二 審決理由の要点
本願商標の構成及び指定商品は前項のとおりである。
本願商標を構成する後半の「Custom」の文字は、習慣、愛顧、注文、あつらえ等の意味を有する外来語として親しまれているばかりでなく、「運動具」については、商品が特製品であることを表示するものとして他の語と合わせて普通に使用されているから、本願商標において、「Custom」及びその字音である「カスタム」の文字は、単に商品の品質を表示するに止まり、自他商品の識別標識としての機能を果たす部分は、前半部の「Swing」及び「スイング」の文字にある。したがつて、本願商標は、「Swing」及び「スイング」の文字に相応して、単に「スイング」(揺れる、あるいは振動する。)の称呼、観念を生ずる。
他方、登録第二八五七〇四号商標(昭和一一年四月二五日出願、昭和一二年一月一九日登録、昭和三一年五月二一日存続期間新登録。以下「引用A商標」という。)は、「SWING」の文字を上段に「スウイング」の文字を下段にそれぞれ横書きしてなり、旧第六五類「玩具、運動具及び遊戯具」を指定商品とし、また、登録第四七〇〇五二号商標(昭和二九年九月七日出願、昭和三〇年八月二一日登録、昭和五〇年一一月一一日存続期間更新登録。以下「引用B商標」という。)は、「SWING」の文字を横書きしてなり、旧第一八類「理化学、医術、写真、教育用の器械器具、眼鏡及び算数器の類並びにその各部」を指定商品とするが、引用A、B商標は、それぞれの文字に相応してともに「スイング」の称呼、観念を生ずる。
したがつて、本願商標と引用A、B商標とは、称呼、観念を共通にする類似商標であり、かつ、本願商標の指定商品中に引用A、B商標の指定商品が包含されているから、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号に該当し、登録を受けることができない。
三 審決の取消事由
引用A、B商標の登録、構成、指定商品及び称呼、観念が審決認定のとおりであること並びに引用A商標について被告主張の存続期間更新登録があつたことは認める。しかし、審決は、後記のとおり判断を誤り、その結果、本願商標が引用A、B商標と類似商標であるとし、その登録を否定したものであつて、違法であるから、取消されるべきである。
1 審決は、「Custom」の文字が特製品を表示するものとして運動具について使用されていることを理由に、本願商標中の「Custom」及び「カスタム」の文字は、品質を表示するに止まり、自他商品の識別機能を果さないとする。
しかし、「Custom」の文字は、「習慣、愛願」等を意味する外来語として使用されることはあつても、「特製品」なる品質を表わす文字としては一般に親しまれていない(「特製品」を表わす一般的用語としては、「スペシヤル」、「デラツクス」、「スーパー」等がある。)し、運動具について広く使用されている事実もない。
したがつて、「Custom」及び「カスタム」の文字が自他商品の識別機能を果さないという審決の判断は誤りである。
2 また、審決は、本件商標中自他商品の識別機能を果す部分は「Swing」及び「スイング」の文字にあるとする。
しかし、「スイング」なる概念は、ゴルフクラブ、テニスクラブ、野球用バツト等運動用具を扱う業界においては、競技者の四肢の動作に関してきわめて一般的に使用される「動作」の表現であるから、「スイング」の文字を右運動用具に使用するときは、単にその商品の用途、使用方法を表わすものであり、また、一般的表現としての「スイング」の動作と誤認される可能性が大きい。したがつて、運動具全般を包括する第二四類の商品においては、「スイング」のみでは他商品との識別機能を果すものではない。もつとも、引用A商標が旧第六五類の指定商品について単一商標として登録されているが、その登録日は昭和一二年一月九日であつて、当時の日常生活における外国語の使用がそれほど一般化されていなかつた関係上、「スイング」自体単独で他商品と識別しうる状態にあつたからであり、「スイング」の意味が一般に普及している現在と同日には論ぜられない。
3 以上のように、本願商標の各部分を構成する「スイング」及び「カスタム」の語は、少くともそれぞれどちらが要部(支配的部分)ということはできず、自他商品の識別機能を果す役割としては、各部が同等の評価を受けるべきであり(結合商標の各部同等の原則)、各部が合体してしかも全体的にみて、はじめて識別標識としての機能を果すものである。したがつて、本願商標からは「スイングカスタム」の称呼、観念が生ずるのであつて、審決のいうような、単なる「スイング」の称呼、観念は生じない。
第三被告の答弁
一 請求原因一、二の事実は認める。なお、引用A商標については、昭和五二年六月六日存続期間更新登録が経由された。
二 同三は争う。審決の判断は正当であつて、原告主張の違法はない。
1 原告主張の1について
「カスタム」(Custom)の文字は、習慣、愛顧等の意味を有するばかりでなく、「注文、あつらえ」等の意味を有する外来語で、「カスタムカー」(特製注文車、高級乗用車)、「カスタムメード」(注文品、おあつらえの品)の用例にみられるように、「特製の」「注文」「あつらえ」等の意味で一般によく理解され、親しまれ使用されている。そして、本願商標の指定商品中、「スキー、ゴルフクラブ、キヤデイバツグ、バツト、グローブ、ユニホーム」等には、使用目的に応じて、形状、サイズ、材料、デザイン等について需要者から設計上の注文を受けて製作された商品、あるいは需要者の好みを察知し、これに応ずるためあらかじめ特別に製作された商品(普及品に対して)が存在するのが実状であつて、これらの商品が特別製の商品であることを表示するため、「カスタム」または「Custom」の文字をあて、これが上記品質を表示するものとして普通に使用されている。
したがつて、「カスタム」の文字を商品「運動具」について使用するときは、単にその商品が需要者の注文により、あるいは、製造者の独自の設計により製作された特製品であることを表示するものとして取引者、需要者に認識、理解されるものであるから、その文字に識別標識としての機能があるとはいえない。
2 同2について
「スイング」(振る)の概念が競技者の四肢の動作に関して一般的に使用される「動作」の表現であることは争わないが、「振る」ことはあくまでも人の動作であり、商品の用途、使用の方法を表わすものでなく、また、「スイング」の文字が商品の品質を表わすものとして普通に使用されている事実もない。さらに、「スイング」の文字は、「振る」の意味だけでなく、「揺れる」あるいは「振動する」の意味をも有し、かつ、本願商標の指定商品中には「振る」動作を伴わない運動具が数多くある(たとえば、グローブ、ミツト、スキー用具、運動用特殊ぐつ、重量あげ用具、弓道用具、ユニホーム等)ことをも併せ考えれば、「スイング」の文字は、あくまでも「スイング印」として識別機能を果しうるものである。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求原因事実中、本願商標について、その構成、指定商品、出願から審決の成立にいたるまでの手続の経緯及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考察する。
争いのない構成によると、本願商標の下段部分には、「スイングカスタム」の文字が一連に左横書きされているが、上段部分には、「Swing」及び「Custom」の両語が若干の間隙を置いて左横書きされ、「Swing」と「スイング」、「Custom」と「カスタム」とがほぼ対応するように位置している。そして、「Swing」及び「Custom」がそれぞれ「振る、揺れる」等及び「習慣、愛顧」等を意味する外来語として慣用されていることはいうまでもないから、右外観とも照らし、本願商標は、前半部分たる「Swing」(「スイング」)と後半部分たる「Custom」(「カスタム」)とが結合された文字商標ということができる。
次に、成立に争いのない乙第一号証ないし第四号証の各一ないし三、第五号証の一、二、第六号証の一ないし三、第七号証の一ないし六によると、「Custom」の語には、米語として「注文の、あつらえの」の意味があり(カスタムメイド、カスタムカー等)、現に、スキー関係の商品について、注文による限定生産を表わすものとして「……カスタム」の名称が用いられた例のあることが認められ、さらに、成立に争いのない甲第九号証の一、第一一号証ないし第一三号証、第一七号証ないし第二〇号証、第二二号証、第二四号証ないし第二七号証、乙第九号証及び証人石川宏の証言によると、「カスタム」という用語は、「デラツクス」、「スペシヤル」等ほど一般化されてはいないけれども、少なくともゴルフクラブについては、本来の米語の意味から転じて「特製品」ないし「高級品」を意味するものとして、「……カスタム」とか「カスタム……」とかの名称で用いられていることが認められる。
右事実に、近時における運動具の普及度が著しいことを考慮すると、本願商標の指定商品たる運動具一般についてみても、仮に、「×」という商標と「×+カスタム」という商標の両商品が併存した場合、一般の需要者としては、後者を普通品たる前者の特別品であると理解して、両商品の出所を混同するおそれがあるから、本願商標中「Custom」(「カスタム」)の部分は、それ自体としては商品の自他識別力が弱いものといわざるをえない。もつとも、成立に争いのない甲第四号証の一ないし一六によると、「CUSTOM」、「Custom」、「カスタム」の各文字が単独、あるいは欧文字と仮名文字を併記して商標登録されている事例が認められるけれども、いずれも、指定商品が「運動具」以外のものであつて、本願商標とは取引分野を異にするから、右判断を左右するに足りる資料とすることはできない。
ところで、原告は、本願商標中の残部である「Swing」(「スイング」)について、単にその商品の用途、使用方法を表わすものであり、また、「スイング」の動作と誤認される可能性が大きいと主張する。
しかし、「スイング」が競技者の四肢の動作に関して一般的に使用される表現であることは、当事者間に争いないところであるが、そうだからといつて、それが直ちに「商品の用途、使用方法」を表わすものであり、また、商品が「動作」と誤認されるというのは論理が飛躍しており、「スイングという名称では商品の特定ができない。」との趣旨の前掲石川証人の証言も同様に首肯しがたく、他に、「Swing」(「スイング」)の文字が商品の品質、性能等を表わすものであつて識別機能がないことをうかがわせるに足りる証拠は存しない。
そして、本願商標を構成する「Swing」(「スイング」)と「Custom」(「カスタム」)の各部分について、これらを分離して称呼、観念することが取引上不自然であり、常に一体不可分的に使用されるべきであるとする特段の事情も認めることができない。
以上のとおりであるから、結局、本願商標からは、全体として「スイングカスタム」の称呼が生ずるほか、商品識別力の弱い部分を除いた「Swing」(「スイング」)に対応して、単なる「スイング」の称呼、観念も生ずるものと解するのが相当である。他方、引用A、B商標から「スイング」(揺れる、あるいは振動する。)の称呼、観念が生ずることは、原告の認めるところであるから、本願商標と引用A、B商標とは称呼、観念を共通にする類似商標であるというべきである。
したがつて、この点に関する審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)
別紙
本願商標<省略>
引用A商標<省略>
引用B商標<省略>